もふもふ

0
    まだ12月だというのに、真冬なみの寒い日々が続く北海道。



    スズメどもにとっては命に関わる大変な事態だが、こんな異常な気象を生み出した僕たち人間を非難することもなく、必死で寒さに耐えている。



    もっとも、その罪深き人間の一人である僕に対しては、どんなに寒くても情け容赦なくスズメパンを要求してくる。



    僕の周りに集まってきたスズメどもの姿は、どいつもこいつも羽毛をもふもふにふくらませてまんまるだ。



    そのまんまるが僕の足元でチョロチョロしていると、まるでトトロに出てくるまっくろくろすけみたいで、思わず吹き出してしまう。



    …おめーら、夏場とは全く別の生き物にしか見えねーぞたらーっ



    まんまるもふもふどもは、そんな僕の感慨など無視し、夢中でスズメパンを頬張っている。




    冬のスズメどもは寒雀、ふくら雀と呼ばれ、俳句の季語にもなっている。



    「雀の子 そこのけ そこのけ お馬が通る」



    江戸時代の三大俳人の一人、小林一茶の句だ。この句の情景はすぐに目に浮かぶ。毎年、巣立ったばかりのチビチュ!たちを見ているからだ。



    チビチュ!たちは、眠くなったらどこでも眠ってしまう。



    …コラ!鳥が地面に座りこんで寝るんじゃない!



    僕がそう注意しても、チビチュ!たちは、お腹がいっぱいになると一気に眠くなる。お子チャマの習性は、人間もスズメも同じだ。



    しかし、こういう不用心ぶりのために、命を落とすチビチュ!は少なくない。自分を狙うゴキブリカラスや野良猫、猛スピードで迫ってくる馬やクルマをいち早く察知して逃げられる子だけが生き延びられる。



    「我と来て 遊べや 親のない雀」


    これも一茶の句だ。家族に恵まれなかった一茶が、自らの寂しい境遇を親のないスズメになぞらえたと言われている。



    だが、独り立ちする前に親を亡くした子スズメは、人間に保護されない限り生きられない。



    この時期のチビチュ!は、巣立ち直後のように四六時中親スズメの後をくっついて飛んでいるワケではなく、しばしば1羽で好き勝手に飛んでゆく。



    そのたびに、親スズメの方が必死でチビチュ!を探して飛び回る。一茶が見たのは、冒険中のチビチュ!だろう。



    一茶ほどの俳人が題材にし、俳句の季語になるほど人間の身近にいるスズメ。



    身近すぎて誰も感心を持たないために、スズメの世界で起こっている異変など問題にもされない。



    でも、スズメすら生きられないような環境で、人間はこれからも今まで以上に繁栄し続けると盲信しているのは、愚かすぎて滑稽ですらある。



    「スズメども たまには俺の 言うことを聞け」



    …お粗末m(_ _)m

    calendar
         12
    3456789
    10111213141516
    17181920212223
    24252627282930
    31      
    << December 2017 >>
    PR
    selected entries
    categories
    archives
    recommend
    links
    profile
    search this site.
    others
    mobile
    qrcode
    powered
    無料ブログ作成サービス JUGEM